道路特定財源という難問
2008-05-09


道路特例法改正案が,きょう参院委で否決された。来週初めの参院本会議でも否決されるわけだが,翌13日には衆議院で再議決されて成立する。いわゆる道路特定財源をめぐってはすでに様々な議論がなされ,マスメディアも好きなようにこれを料理してきた。いってみれば道路特定財源問題は,消費されつくし,既に過去に属す事柄へと転じたといってよい。マスメディアは,この問題を賞味期限も消費期限も切れたゴミとして処理し,今月になって値上げされたガソリン価格に一瞬憤怒を覚えた多くの人たちもごくありふれた日常の風景に溶け込ませたてしまったように見える。

こうしたなか,今朝の河北新報(共同通信配信?)に片山善博(元鳥取県知事)が「道路財源と自治体の役割」なる一文を寄せている。その趣旨は,以下の通り。

いまの日本の多くの過疎地でみられるのは,道路は整備されているものの,その道路を走る路線バス(公共輸送機関)が一掃されてしまったという現実である。いま緊急に必要なのは,例えば足をうばわれた高齢者ということを念頭に,バス路線の維持・復活をはかることであり,バスを使ってたどり着く先の病院の医師確保ということにある。だから一般財源化が進むべき当然の道である。こういえば自治体の首長の多くは,一般財源化しても意味はないと反論するはず。なぜなら必要な道路整備のための経費はそもそも道路特定財源だけではまかなえないのが現実にほかならないからである,と。

こう述べたあと,片山は驚くべきことを指摘する。道路特定財源だけでは,必要な道路整備ができないとして,追加すべき財源は何から捻出しているのかといえば,教育費という例が少なくない,というのである。地方交付税交付金によって手当てされているはずの,地方の小中学校の図書購入費が,手当てされた額を大きく下回っていることから,このことが推察されるという。

かくして,道路特定財源問題は,消費されつくした事柄として済ませてはならないことが財・税制のシロウトにもはっきりと分かってくるということになるのである。どれほどの奥行をもつ問題なのだろうか。
[社会のなりたち]

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